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成瀬あかりと膳所駅と西武大津店 〜158回〜

西武大津店の隣にあった大津パルコ(2017年5月21日撮影)
西武大津店の隣にあった大津パルコ(2017年5月21日撮影)

4月10日に今年の「全国書店員が選んだ いちばん!売りたい本」本屋大賞が発表されました。受賞作は『成瀬は天下を取りにいく(新潮社)』。滋賀県大津市を舞台とした青春小説で、著者の宮島未奈さんは大津市在住とのこと。

 

主人公の成瀬あかりはかなり変わった中学生。彼女の住むマンションの近隣にある大津市唯一のデパートである西武大津店の閉店(2020年8月末)をきっかけにストーリーが展開していきます。

 

西武大津店は、若い頃、僕も大変お世話になった百貨店です。30代前半まで勤めていたI&S(現I&S BBDO)で、隣接する大津パルコの開店オープニングを含め、この辺りは仕事でよく通ったエリアです。

 

JR膳所駅から西武大津店までの道「ときめき坂」がまさにこの小説のメイン舞台と言えます。大津駅に比して新快速の止まらない膳所駅周辺はローカル感満載ですが、何とも風情のあるストリートなのです。

 

I&Sのあった大阪淀屋橋から膳所駅まではかなりの距離ですから、通うのが大変なのですが、関西で他の西武百貨店があった、つかしん、八尾、高槻に比べれば風光明媚で僕は大好きなエリアでした。

 

西武大津店の西隣に大津パルコがありました。開店日は1996年11月2日。オープニングイベントに爆風スランプやGLAYなど豪華アーティストを招聘し、当日は観客が溢れて滋賀県警が急遽駆り出され、周囲は騒然としていました。

 

混乱で興奮した男子高校生が、パルコの担当部長を僕の目の前でグーパンチするという衝撃的事件が起こりますが、現場にいた部下の課長がその後パルコの役員になったことで、人生は分からぬものだと確信するに至りました。

 

閑話休題、2017年8月末に大津パルコが閉店するという情報を得た僕は、5月に当時住んでいた四国高松から大津パルコまで旅をしたことがあります。そのため、成瀬あかりの閉店まで毎日西武大津店へ通うという熱意も理解できぬわけでもない。

 

成瀬のこのストレートな行動力ーー人の目を気にせず自分のやりたいことをやるーーこのパワーこそが、この小説の人気の原点だと思います。髪の毛の成長する早さを調べるために女子高生が坊主頭にするなんてあり得んでしょう?

 

スマホさえ持っていない成瀬にはSNSなど無関係で、以前このブログでも触れた「肝心な時こそ気配を消したい欲望」は微塵も感じられません。閉塞感いっぱいの今の時代に本屋大賞を受賞した社会背景が見えるような気がします。

 

終盤、友人の島崎との些細なやりとりで成瀬の心の繊細さを描いたところがこの小説の上手さと言えます。そうじゃなきゃ、単なる破綻者だもんなぁ。笑 続編である『成瀬は信じた道をいく』も先ほどAmazonでポチってしまいました。