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夏休みと秘密の部屋 〜168回〜

広島県熊野町に実家があります。高校を卒業するまで過ごした2階建ての木造住宅です。父が工務店を経営していたこともあり、父自らが設計施工したオリジナルかつ特別なお家でした。

 

一般のマンションは特にそうでしょうが、居住空間を広く確保するために収納の少ない物件が多い。実家は普通ではあり得ない妙なところに収納箇所が作ってあって、なかなか便利なのです。

 

切妻屋根の小屋裏はロフトとしてよく活用されますが、実家ではここが隠し部屋になっています。僕の部屋の壁が忍者屋敷のような隠し扉になっていて、人知れず侵入することができる秘密の部屋でした。

 

エアコンはなく温度・湿度の調整ができないので、布団衣類は保管できませんが、父は普段使用しない道具や機材、塗料などをここに収納していました。裸電球しかないので、さすがに生活するのは難しい。

 

切妻には、ガラリと言われる換気口がよく設置されているのですが、ある年、ここから秘密の部屋に侵入したスズメバチが巣を作ったのです。だんだんと蜂が増え、危険な状況になってきました。

 

僕が中学3年の夏休みのことです。日曜日の朝に父がスズメバチを退治すると決心しました。そして僕は父から下記の命令を受けたのです。今思い起こしても、かなり危険な任務でした。汗

 

「火をつけるだけの状態にバルサンを準備し、隠し扉から秘密部屋に侵入。速やかにスズメバチの巣の下に移動し、効果的な場所にバルサンを配置。着火し、発煙を確認しだい素早く帰還する」

 

隠し扉から覗くと、巣は高さ40センチ強とかなり巨大です。高校受験を控えた息子に課すにはあまりに過酷なミッション。父自らやろうと何故思わなかったのか、今となっては全く不可解です。

 

多くのスズメバチが秘密部屋の中を飛び交っている状況下で、僕は父の命令を忠実に守りました。バルサンを配置し着火するまでの数秒間、かなりの数の蜂が僕の頭上を旋回していた。

 

煙が出始めてから転げるように逃げ、隠し扉を父が急いで閉めます。互いに顔を見合わせると階段を走って降り、玄関から飛び出してガラリを見上げます。煙の中にすごい数のスズメバチが!

 

恐ろしいほどのスズメバチの群れが高速で右往左往している。近くに飛んでくるものもいて父と2人で頭を抱えて逃げたりすること数分間。次々とガラリの真下に蜂の死骸が溜まっていきます。

 

15分程でしょうか、動くスズメバチがいなくなったのを確認すると、2人で再度隠し扉に向かいます。秘密部屋の中も蜂の死骸だらけで足の踏み場もないくらいでした。今度は父が1人部屋に入ります。

 

ごみ収集用の大きなビニール袋を持ち、動かぬ蜂を踏み潰しながら近づくと、巨大な蜂の巣を下からそっと覆います。そして軒にぶら下がっている巣の根元をハンマーで叩いて取り除きました。

 

一瞬「やったぜ!」と僕も感動したのですが、危険を犯すことなく、蜂の巣を取り外すという一番おいしいところを自分の手柄とした父に対し、何かしら嫌悪感をいだいたことを覚えています。

 

庭に下り、ビニール袋から蜂の巣を取り出すと、父がビルのような構造をした巣を1段1段ハンマーで崩して解体していきました。怖がって隠れていた祖父母や母も出てきて感心して見ています。

 

「いやぁ、お父さん、よーやったねぇ」祖父母が父を讃えます。僕の貢献を1人知る母は、崩された巣に多くの蜂の子が蠢くのを見つめながら「昔、蜂の子を食べて美味しかったんよ」と呟きました。怒

 

誰からも褒められることなく、僕の中学校生活最後の夏休みが終わりました。多くの小中学校では今日からきっと夏休みでしょう。今も暑い夏にスズメバチを見かけるとムカつきます。(よい子は決して真似しないようにw)