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天ぷら

広島県の熊野町が私の故郷です。生まれてから小学校を卒業するまでは広島市中区で育ったので、中学校からの同級生には「ここは僕にとって避暑地でしかない」と訳の分からぬことを言っています。

 

サッカー部のやっちゃんと仲良しでした。2年生の時に同じクラスになり、部活は違ったけど何故かよく遊びました。いつも明るく気さくなやっちゃんは、クラスの人気者でした。今は知らんけど。

 

ある日のこと。部活が終わって、たまたまやっちゃんと一緒に校門を出ました。ゴールキーパーのやっちゃんは体格がよくて私より一学年上に見えます。

 

夕暮れどき、田舎道をとぼとぼ歩きながら話し込んでいると、何とはなく私の家の近くまで来てしまいました。やっちゃんの家とはかなり離れていたんですけど、ピンクレディのミイかケイか、どっちがいいんだみたいな他愛のない話で盛り上がっていたのでしょう。

 

折角なので、やっちゃんに自宅に上がってもらうことにしました。玄関に入ると、いい匂いが…。2人つられてキッチンまで入っていくと、母が天ぷらを揚げていました。食卓の大皿にはレンコン、さつまいも、ナス、たけのこ、海老、などなど。8割くらいは揚げ終わった感じです。

 

やっちゃんを紹介すると、母は油を気にしながらも ―ちょっと摘まんでみる?―

「いいんですか?」と満面の笑みで、素手のままレンコンを頬張るやっちゃん。「美味しいですねー」

―たくさん揚げるからもっと食べても大丈夫よ― 母は次に揚げる材料と油の温度ばかりに気を取られています。

 

さつまいも、海老、ナスと次々と摘まんでは呑み込むやっちゃん。そりゃ部活の後だから、腹も減っとるわ。ただただ見事な食欲に私は見惚れていたのですが、残り2割の材料を母が揚げ終わるころには、すでに8割は食べ尽くされていました。家族4人分の天ぷらなんですけど。

 

厚労省クラスター対策班の西浦博さん(北海道大学大学院教授)のエネルギッシュな活動には頭が下がります。立派な先生です。温厚だけど、いつも冷静でロジカル。数値データに裏付けられた言葉には、とても説得力があります。ただ「8割おじさん」と聞くと私はどうしてもやっちゃんを思い出してしまう。

 

新型コロナ禍で楽しみもなかなか見つけられない今日この頃。外食することもままならぬ世の中です。お家で美味しいものでも作って楽しい団欒にしたいですね。今日の夕食は、やっぱり天ぷらかなぁ。