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自転車あるいはイケメン

新型コロナ禍で好きなサイクリングも我慢しています。愛車のロードバイクは、同級生が営む自転車屋の試乗車を安く買い取りました。自転車を始めて8年くらいになります。

 

乗り始めたころ、よく江田島に行きました。江田島はフラットでサイクリスト用の施設も豊富ですから初心者にお勧めの島です。広島の宇品港を出ると、切串港から入り三高港から帰る初心者コースで約30キロ。

 

自転車はフェリーに積んで島に渡ります。ある日、温浴施設の「シーサイド温泉のうみ」でサイクリングの途中に休憩をしていると、横のテーブルで地元の老人グループがお風呂上りに雑談をしていました。

 

お婆ちゃん3人にお爺ちゃんが2人。私がソフトクリームを食べながら何気なく見ていると、ひとりのお爺ちゃんから急に鼻血が! 同じ側に並んで座っているもう一人のお爺ちゃんは気が付きません。反対側に座っているお婆ちゃん3人はすぐに気づくはず。

 

ところが3人とも見て見ぬふりなんです。鼻を押さえてお爺ちゃんは、ひとりおろおろしています。お婆ちゃん達は、もう一人のお爺ちゃんと普通に会話を楽しんでいて、鼻をちらりと見ても何気に視線をかわしておしゃべりを続けます。

 

「どしたんや! お前、鼻血が出とるじゃあないか」もう一人のお爺ちゃんがやっと気づきました。その時、私も気が付いたんです。このもう一人のお爺ちゃんが、とてもイケメンだということに。

 

―あらぁ、大変! 気が付かんかったわぁー お婆ちゃん3人が初めて気づいたかのように手提げ袋からティッシュを探し始めます。

 

―このティッシュ使こうてぇ― 我先にイケメンお爺ちゃんに手渡そうとするお婆ちゃん達。鼻血を出してるお爺ちゃんは見向きもされません。お婆ちゃんによるイケメンへの優しさ演出合戦です。

 

「イケメンじいさんと鼻血じいさん」なんか昔話のタイトルみたいですよね。私はその光景を見ていて、何となく太宰治の『カチカチ山』の話を思い出しました。

 

『お伽草紙』の中の名作です。次の一節で終わります。――女性にはすべて、この無慈悲な兎が一匹住んでいるし、男性には、あの善良な狸がいつも溺れかかってあがいている―― お婆ちゃんもおんなに変わりないということです。笑