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笑顔とヒロシマ

 

ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれたときは、本当に驚きました。今年こそは村上春樹が受賞するものだと思っていましたから。ま、村上さんの名前があがるのは、もう恒例行事になっていますけど。

 

日本のノーベル文学賞受賞者は、川端康成と大江健三郎の2人だけです。実は私は、この日本を代表する2人の大作家の小説をそれほど読んでおらず、またそれほど好きでもないのです。大江さんの受賞作『飼育』は、高校2年生の時に読みました。

 

同じ頃に読んだ大江さんの作品に『ヒロシマ・ノート』があります。ノンフィクションとしては、私にとって生涯でベストの作品かもしれない。それほど感銘を受けた本です。広島に生まれた人は読まなければいけないと思います。

 

私が、いわゆる人権というものを真剣に考えたのは、学校の授業でも教科書からでもなく、『ヒロシマ・ノート』からでした。高校2年の夏休みに、私は「屈服しない」「人間的な威厳」というものを、深く心に刻み込みました。もうすぐ8月6日の原爆記念日がやってきますね。

 

まだ40代のころ、何度か入社面接官に指名されました。1日中、入社希望の大学生と真剣に向き合い、会話するのはとても疲れます。本当にエネルギーを吸い取られてしまう。面接が2日も続くと、翌日は仕事になりません。

 

ある年の面接で、関西の有名私大の学生に質問したことがあります。「最後に一つ。もし支社勤務だったら、どこの支社がいいですか?」――広島はイヤです。笑――「広島? 何故ですか」――広島って、なんか暗いじゃないですか。原爆のイメージがあって。ケロイドとか。笑――

 

悲しかった。ただ、ただ悲しかった。背も高くイケメンで、高い偏差値の学校に通っていて、それまでの受け答えは間違いなく優等生だったのに。いったい何を言っているんだ、こいつは。笑顔でこんなことを言える大学生が本当にいるのか? 多分、生涯あの笑顔は忘れないでしょう。

 

もうすぐ8月6日がやってきます。多くの日本人が、本当に8月6日のことを忘れようとしている。