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正月ともち屋

明けましておめでとうございます。今年も徒然なるままに、その時々に思ったこと感じたことをゆるりと記していこうと思いますので、お暇な時にはお付き合いください。

 

私の親戚には何故か餅(もち)屋が多いのです。母方の家系なのですが、広島市内で餅屋を営んでいるのが複数あります。なぜ餅屋が生業になったのかは知りませんし、興味もなかったので詳しく聞いたこともありません。誠に不可思議な一族です。

 

昔は正月が近づくと、祖母と母が餅作りを手伝いに行くのが習わしになっていました。帰宅するとき、家に大量の餅を持ち帰ってくる。巨大な鏡餅が大小数個あり、普通の大きさの平餅が多数。その周りを餡(あん)餅、よもぎ餅、きな粉餅等が彩る。新作の妙な餅が混ざる年もありました。

 

いつの頃からか手伝いに呼ばれなくなり(歳をとって労働力が低下したためと推測しますw)、餅がタダで入手できない事態となりました。餅は買うと結構高いということに気づいた母は、自動餅つき機なるものを購入します。私が高校に入る頃だったかと思います。

 

炊きたての餅米を機械の中に投入すると、回転式洗濯機のごとくグルングルンとこねくり回す。出来上がった餅の塊を、食べられるサイズにもぎ取ると、両手で丸めて形を整えていきます。祖母と母は餅屋の職人たちと一緒に作業していた訳で、とても手慣れていました。

 

私も面白半分で手伝うと、つきたての餅がかなり熱いことに驚いたりする。全部平餅なら、まだよいのですが、餡餅を作るために柔らかい熱い餅を左手に持ちつつ右手で餡をつかみ、それを包み込むのはなかなか難しい。餅の中心に餡を配置するには、やはり技が必要です。

 

自分の作った不細工な餅を食べるのは、作り手の「醍醐味」でした。何が「醍醐味」かを表現するのは難しいのですが、例えば餡餅を焼くと、片寄って入れた餡が膨れて割れた部分から流れ出す。このこぼれてきたアツアツの餡を、落とさぬようフガフガと食すのが「醍醐味」になるわけです。なんのこっちゃ。

 

今年の元日は、新型コロナ禍のなか、そんなビフォア・コロナの頃を思い出しながらマンションの一室で自粛しつつ、近所のスーパーで買ってきた既製品の餅を食べました。既製品と言いながら親戚の餅屋で作られた餅なんですけどね。売上に貢献しないと中小企業は倒産しちゃいますから。

 

若いころ会社で女性の先輩に、よく手を触られました。「あなた、すべすべした手をしてるわねぇ。うふふ…」餅屋の血が流れているせいか、かなりのもち肌だったようです。餅のように今年は――白く汚れなく無駄に抗うことなく柔軟に形を変え粘り強くやっていこう――と思っています。今年も何卒よろしくお願いします。