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故郷で生きるということ 〜109回〜

『〈私の〉地球』香月泰男  1968年
『〈私の〉地球』香月泰男 1968年

最近、仕事で山口県長門市に行く機会が多くなりました。長門市出身の著名人の代表に、ACジャパンのCMで有名になった詩『こだまでしょうか』の作者である金子みすゞがいます。

 

「金子みすゞ記念館」が彼女の生誕地である港町仙崎にあり、みすゞの使用した机が展示されています。そこから萩市に向かうと途中の山間部である長門市三隅に「香月泰男美術館」があります。

 

香月泰男をご存知でしょうか? 「シベリヤシリーズ」で有名な洋画家で、三隅は彼の出身地であり、彼が人生のほとんどを過ごし『〈私の〉地球』と呼んだ特別な場所です。

 

私が香月のことを知ったきっかけも「シベリヤシリーズ」を偶然目にしたことです。黒を基調にした油画は、日本兵のシベリヤでの過酷な生き様を描いた重厚な作品群です。

 

シベリヤで強制労働を強いられ生死をさまよった者にしか表現できない峻厳さを前に慄きました。それは広島の原爆資料館で被爆者の遺品に触れた時と同様のショックでした。

 

香月はシベリヤの地で三隅を想い、――日本に帰ったら、故郷の三隅の町で一生を送ろう――と当時決心したことを59才になって書き残しています。そして、それを実現したのです。

 

香月泰男美術館のある三隅を訪れると、どこにでもある田舎町の風景にしか見えません。誰でもそうでしょうが、幼い頃を、青春時代を過ごした故郷は特別な場所です。

 

妻と幼い子供達を三隅に残して出征し、極寒のシベリヤで故郷と家族を思い続けた洋画家は、奇跡的に生還したのち三隅にある自宅のアトリエで生涯、画作に励んだと言います。(享年62歳)

 

三隅の町を描いた『〈私の〉地球』(1968年)は、山口県立美術館にあります。日本海を現した青が心に刺さります。シベリヤシリーズに負けない威厳と愛に満ちた名作です。

 

ブログの最後に香月の言葉を記して結びにします。

 

――私はいま、シベリヤで幾夜夢に見続けた、

  自分の生まれ育った山口県の三隅町に住んでいる。

  (中略)

  ここが私の空であり、大地だ。

  ここで死にたい。

  ここの土になりたいと思う。

  思い通りの家の、

  思い通りの仕事場で絵を描くことができる。

  それが私の地球である――

 

香月泰男美術館から見える三隅の町
香月泰男美術館から見える三隅の町