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親愛なるミス・ブランチへ① 〜143回〜

JUNICHI KUSAKA
JUNICHI KUSAKA

倉俣史朗は特別です。僕の社会人デビューは乃村工藝社でした。1987年の入社当時、倉俣のようなインテリアデザインに憧れて乃村に入社した社員は多数いたでしょう。

 

あの頃、倉俣は「ISSEY MIYAKE」のショップデザインを手掛けていて、浮遊感や無重力感をモチーフとした空間は、まさに唯一無二のものでした。

 

倉俣を代表する作品は『ミス・ブランチ(1988)』。造花の薔薇を透明アクリル樹脂に封じ込めた「椅子」です。僕は残念ながらまだ実物を見たことがありません。

 

今、世田谷美術館で倉俣の企画展をやっているらしく、行きたいとの話をしたら、来年早々乃村の同期がそれに合わせて東京で集まってくれるらしい。ありがたいことです。

 

『ミス・ブランチ』について、下記の倉俣の発言が残っています。

 

ーーこの椅子には、ディテールがありません。いや、全体がディテールとお考えください。これは、T・ウィリアムスの〈欲望という名の電車〉のミス・ブランチ・デュポアへのオマージュです。(『室内』工作社、1989年、原文ママ)ーー

 

『欲望という名の電車』は劇作家テネシー・ウィリアムズの戯曲です。ブロードウェイで1947年に初演。同性愛、少年愛、レイプといった衝撃的な内容の問題作でした。

 

1951年に映画化、1998年にはオペラ化されています。映画化の際にはあまりに過激な内容のため、多くの規制が加えられストーリーも変更されたと言います。

 

私も1990年頃に新潮文庫でこの作品を読みましたが、倉俣の透明感あふれる『ミス・ブランチ』のオマージュ(いわゆるリスペクト)とは思えぬストーリーに愕然としました。

 

大農園の令嬢だった気位の高い若き未亡人ブランチは、妹ステラの安アパートに身を寄せますが、ステラの夫である粗暴なスタンリーと衝突を繰り返し、徐々に異常をきたしていく。

 

初演のスタンリー役は、マーロン・ブランド。初代ゴッドファーザーですよ、見てみたかったですね。ピューリッツァー賞を受賞した近代演劇史上、不朽の名作と言われています。

 

後半でブランチは、同性愛者だった夫の死後に精神の安定を失い、多くの男と関係を持ったあげく、少年を誘惑したことで街から追放され、ステラの元に来たことが暴かれます。

 

最後に、激昂したスタンリーにレイプされ発狂するブランチ。無重力感と浮遊感に溢れた美しい椅子『ミス・ブランチ』が、狂人ブランチ・デュボアへのオマージュとは、どうしても理解できない。

 

そんなモヤモヤした気持ちのまま、30年が経ってしまいました。60歳の区切りを迎えた今、新入社員の時の初心にかえって、乃村の同期と一緒に新春の世田谷美術館を訪れたいと思っています。

 

来年、また『ミス・ブランチ』の実物を見た感想を、このブログに書かせていただきますので、お楽しみに。(別に楽しみじゃないですよね、僕の個人的な心象のことなんて。笑)