· 

親愛なるミス・ブランチへ③ 〜148回〜

(C) 1951 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
(C) 1951 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

『ミス・ブランチ』のオマージュとなった戯曲『欲望という名の電車』は文学作品としても秀逸で、第2次大戦直後のニューオーリンズの粗野な空気感を捉えた表現は特異とも言えます。(最初は『月光の中のブランチの椅子』という題で書き始められた!)

 

当時、半日くらいで読み終えてしまったことをよく覚えています。倉俣の蔵書にもあった新潮文庫版の解説で、訳者の小田島雄志がこの作品を《「引き裂かれた」世界》と表現していますが、引き裂かれた状態の描写がスゴイ。

 

読者は裂傷を覚悟して読む必要があります。作者のT・ウィリアムズは2度もピューリッツァー賞を受賞した華やかな経歴を持ちながら、私生活はドラッグ漬けで荒れ放題だったと言いますし、特異なことだらけです。

 

主人公のブランチ・デュボアがナイト・クラブに出掛ける時に着る花柄のドレスを、妹の夫スタンリー・コワルスキーは「チャラチャラしたかっこう」と下品に表現します。

 

兵隊上がりの粗暴な男と、プライド高く上品ぶった女の間を「引き裂く」象徴のような花柄模様:それが倉俣の名作『ミス・ブランチ』の透明アクリルに浮く薔薇なのです。そう聞くと今までと違って見えるでしょ?

 

私自身も世田谷美術館で『ミス・ブランチ』の実物を目の当たりにしたとき、倉俣が「ミス・ブランチ・デュボアへのオマージュ」と表現した感覚(というか重量)が分かるような気がしました。

 

ブランチ・デュボアのモデルは、作者T・ウィリアムズの実姉ローズと推測されていて、彼女は心を深く病んで精神病院の中で生涯のほとんどを過ごしたと言います。

 

2歳違いのこの姉は、T・ウィリアムズと大の仲良しで、双子と間違われるほどだったとか。愛するものの心が壊れていく苦痛。それは想像を絶する「重み」があると思われるのです。

 

あまりの悲劇を体験すると、人は異次元に逃避せざるを得ない。『ミス・ブランチ』の透明感と無重力感。それは悲哀の「重力」を超えた先にある浮遊感なのかもしれません。

 

倉俣が仕事をするとき「頭で考え、理論的に構想し、考え抜いてからスケッチを書け」と弟子の近藤康夫等に指示したと言います。凝縮した思考の先にやっとデザインがあるのだと…。

 

写真を見るだけでは、単なる浮遊感しか感じ取ることができなかった。浮遊の前提となる「重力」が僕には見えなかったのです。倉俣の思考は、想像以上に深いものだということも今回の企画展で理解したことです。

 

来月2月から新国立劇場で演劇『欲望という名の電車』が、あの沢尻エリカさまをブランチ・デュボア役として、エイベックスの企画で上演されるらしい。どうなることか…。期待して待つことにいたしましょう。

 

(※第3回で倉俣シリーズ、やっと完結。興味のない方には何のこっちゃでゴメンなさい。画像は映画版『欲望という名の電車』ポスター。ビビアン・リー、マーロン・ブランド主演、アカデミー賞4賞受賞の名作です。)