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影とゆらぎ 〜151回〜

ーー光あるところに影がある。まこと栄光の影に数知れず忍者の姿があった。命をかけて歴史をつくった影の男たち。だが人よ、名を問うなかれ。闇に生まれ闇に消える。それが忍者の定めなのだ。サスケ、お前を切る!ーー

 

我々の世代には懐かしいアニメ『サスケ』(白土三平原作)のオープニング・ナレーションです。広辞苑によると、影は「物体が光をさえぎったとき光と反対側にできる黒い形」のこと。実体の裏返しという意味でとても奥深い。

 

忍者のように得体の知れない不気味なものには何故か魅了されてしまう。「影のある男」は、だいたいクールで無口で謎めいた二枚目ですよね。「影のある女」にも、だいたいの男は弱いものです。笑

 

映画『PERFECT DAYS』で公共トイレの清掃員を演じた役所広司さんが、カンヌ国際映画祭で最優秀男優賞を受賞しました。先週観に行きましたが、まさに歴史に残る名演技でした。この映画のテーマは、まさに「影」だと思うのです。

 

古いアパートにひとりで暮らす主人公。早朝植物に水をやり、カセットで古いロック音楽を聴きながら車通勤。仕事の合間にフィルムカメラで「木漏れ日」を撮り、銭湯で体を清めて文庫本を読みながら眠りにつく。ルーティーンのような規則正しい生活を送ります。

 

繰り返される日常の中で、小さな変化が「影の揺らぎ」のように起きるのを、監督ヴィム・ベンダースが丁寧に描きます。そこに言葉はほとんど必要ない。「生きること」が「揺らぎ」そのものなのだと感じる。いや「揺らぎ」が「生きること」なのかもしれません。

 

映画の終盤、三浦友和さん演じる末期のガン患者が問います。「影は重なると濃くなるんですかね?」そして三浦さんと役所さんが2人の陰を重ね合う。「濃くないですね」「いえ、濃いでしょう。濃くならなきゃおかしい」…深いです。

 

丸谷才一に『樹影譚』という小説があります。老齢小説家の主人公には壁に映る樹の影への偏愛がある。「樹の影、樹の影、樹の影」と独り言を繰り返すも理由が分からない。樹の影に取り憑かれている主人公の生い立ちまで謎解きが遡っていくストーリーです。

 

『樹影譚』は、人間の感性(感覚)を言葉だけでここまで表現できるのだという意味で秀逸な小説だと思います。そして『PERFECT DAYS』は、言葉に頼ることなく映像で人間の感性を最高に表現した映画だと感じました。

 

『PERFECT DAYS』を観ながら「キノカゲ、キノカゲ、キノカゲ」と頭の中で繰り返した人は、僕だけではなかったと思います。ヴィム・ベンダースが『樹影譚』を読んだとは思えませんが、世界最高の表現者はどこかで繋がっているということを実感したような気がします。